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奈良地方裁判所 平成11年(ワ)502号 判決

原告

田渕寛

原告

上田正勝

右原告ら訴訟代理人弁護士

田中啓義

被告

株式会社南都銀行

右代表者代表取締役

西口廣宗

右訴訟代理人弁護士

井上清

佐藤公一

下村敏博

主文

一  被告の平成一一年六月二九日定時株主総会における別紙議案を承認する旨の決議を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

一  本件は、被告の株主である原告らが、株主総会における退任取締役等に対する退職慰労金贈呈に関する議案に対して質問したにもかかわらず、被告取締役においてこれに回答することなく質疑を打ち切り決議したのは、取締役の説明義務(商法二三七条の三第一項)に違反し、決議の方法が法令に違反したものであると主張して、当該株主総会決議の取消を求めている事案である。

二  争いのない事実

1  原告らは平成一一年三月一七日、それぞれ被告の株式一〇〇〇株を取得した。

2  被告は、平成一一年六月二九日、第一一一期定時株主総会(以下「本件総会」という)を開催し、「退任取締役及び退任監査役に対し退職慰労金贈呈の件」と題する別紙議案(以下「本件議案」という)を承認する旨の決議(以下「本件決議」という)をした。

三  争点

本件の争点は、本件議案の審議における被告取締役らの対応が、取締役の説明義務違反といえるか否かである。

1  原告らの主張

(一) 取締役・監査役の退職慰労金は、株主総会の決議事項であり(商法二六九条、二七九条一項)、その金額の決定を無条件に取締役会に一任することは許されず、自ら右金額又は最高限度額を決定するか、その支給に関する基準を示した上で右基準に従った具体的な金額を取締役会に決定させることが必要である。そして、株主総会が支給に関する基準を示すためには、数値を代入すれば支給額を一義的に算出できる内容の確定された基準が存在し、個々の株主が右支給基準について明確に認識した上でその賛否を決しなければならない。したがって、支給基準の内容が不明であれば、個々の株主においてその説明を求めることができるのは当然であり、取締役は、①会社に一定の確定された基準が存在すること、②その基準が株主に公開されて周知のものであるか、少なくとも株主が容易に知りうること、③その基準の内容が数値を代入すれば支給額を一義的に算出できる内容のものであることについて、説明すべき義務がある。

(二) 原告田渕は、本件総会において、議長が本件議案について審議願いたい旨述べたのに対し、退任取締役等の退職慰労金の金額を明確にするよう説明を求めたが、被告取締役は、金額は公表できないとし、算出基準は規準額と乗数と在位年数を乗じて計算しており、それぞれについては役員会で決定させていただきたいと説明し、原告田渕が、重ねて金額の公表を求めたにもかかわらず、取締役会及び監査役の協議によって具体的金額を決定するので、金額の公表については差し控えたいとの説明に終始した。その後、議長は、本件議案に関する質疑を打ち切って、決議した。

右の経緯からすれば、本件決議に際し、取締役の説明義務(商法二三七条の三第一項)が尽くされたということはできない。

(三) 以上のとおり、本件決議の方法は法令(商法二三七条の三第一項)に違反しており、決議取消事由(同法二四七条一項一号)に該当するから、本件決議は取り消されるべきである。

2  被告の主張

(一) 株主は、退任取締役等に対する退職慰労金贈呈が議案となっている株主総会において、会社の定める一定の支給基準について説明を求めることができ、これを受けた取締役は、必要な説明をすべき義務があることは当然である。しかしながら、株主から支給基準について何ら説明を求められていないのに、取締役において、進んで支給基準の内容を説明すべき義務は存しない。

(二) 原告田渕は、本件総会において、支給基準に関する説明を求めることを全くせず、むしろ「基準ではなく金額を明確にせよ」と発言し、支給基準の説明を拒否する態度を示していた。被告取締役は、原告田渕に対し、被告には退職慰労金の算出基準が存し、右算出基準は基礎額と乗数と在位年数を乗じて計算するものであることをより丁寧に説明したが、原告田渕は、この後においても、右算出基準について質問することなく、退職慰労金の具体的金額を公表するよう求めるばかりであった。

なお、被告は、大会社の株主総会の招集通知に添付すべき参考書類等に関する規則(昭和五七年四月二四日法務省令第二七号)三条六項の規定に従い、役員退職慰労金規程を定め、その書面を本店に備え置いて株主の閲覧に供している。

(三) したがって、本件総会における被告取締役の説明は適法であり、決議取消事由は存しない。

第三  争点に対する判断

一  まず、本件決議に際して取締役が負うべき説明義務の範囲を検討する。

1  本件議案は、任期満了により退任する取締役及び監査役各一名、辞任により退任する取締役三名に対し、被告の定める一定の基準に従い相当額の範囲内で退職慰労金を贈呈することとし、その具体的金額、贈呈の時期、方法等は、退任取締役については取締役会に、退任監査役については監査役の協議に一任するとの内容のものであるところ(甲二)、退職慰労金は、退任取締役らの在任中の功労に報いるという趣旨を含むもので、在任中の職務執行に対する対価と認められるから、商法二六九条、二七九条に規定する「報酬」に該当し、その支給する額については、株主総会の決議をもって定めなければならないとされている。

このように取締役・監査役の報酬額を株主総会で決定すべきとした趣旨は、取締役の報酬を取締役会で、また監査役の報酬を監査役の協議で決定しうるとすると、恣意に流れ、いわゆるお手盛りの弊害を招き、会社及び株主の利益を害するおそれがあるので、これを防止し、取締役・監査役の報酬決定の公正を担保しようとした点にあると解されるから、株主総会が退職慰労金の金額等の決定を無条件に取締役会に一任することは、法の趣旨に反して許されず、自らその金額又は最高限度額を決定するか、そうでないとしても、明示的又は黙示的にその支給に関する基準を示した上で右基準に従った具体的な金額等を取締役会に決定させることとすることが必要である。そして、株主総会が支給に関する基準を示したといいうるためには、会社に一定の確定された基準が存在しており、それが株主に公開されて周知のものであった場合か、少なくとも株主が容易に知りうるものであった場合で、しかも、その基準の内容が数値を代入すれば支給額が一義的に算出できる内容のものであることが必要であるというべきである。

2 右のとおり、株主は、株主総会において、取締役・監査役の報酬金額、その最高限度額又は具体的な金額等を一義的に算出しうる支給基準を決議しなければならない以上、その金額又は支給基準の内容について具体的に説明を求めることができるのは当然であり、説明を求められた取締役は、①会社に現実に一定の確定された基準が存在すること、②その基準は株主に公開されており周知のものであるか、又は株主が容易に知りうること、③その内容が前記のとおり支給額を一義的に算出できるものであること等について、説明すべき義務を負うと解するのが相当である。

二  以上をふまえて、本件総会において、被告取締役による説明義務違反があるか否かを検討する。

1  まず、本件総会の審議経過を見ると、甲二、三及び弁論の全趣旨によれば、次のとおり認められる。

(一) 被告の取締役頭取西口廣宗は、平成一一年六月一一日、各株主に対し、日時、場所及び会議の目的事項を記載し、営業報告書、貸借対照表、損益計算書、利益処分案及び会計監査人の監査報告書謄本のほか、各議案に関して参考事項等を記載した議決権行使についての参考書類を添付した第一一一期定時株主総会招集通知(甲二)を送付した。右通知には、会議の目的事項のうち報告事項として平成一一年三月三一日現在貸借対照表並びに第一一一期損益計算書及び営業報告書報告の件、決議事項として第一一一期利益処分案承認の件(第一号議案)、取締役三名選任の件(第二号議案)、監査役一名選任の件(第三号議案)、退任取締役及び退任監査役に対し退職慰労金贈呈の件(第四号事案)と記載されている。また、右通知に添付された議決権行使についての参考書類には、第四号事案について、本件総会終結の時をもって任期満了により退任する取締役及び監査役各一名、辞任により退任する取締役三名に対して、それぞれ在任中の労に報いるため、被告の定める一定の基準に従い相当額の範囲内で退職慰労金の贈呈をしたいこと、その具体的金額、贈呈の時期、方法等は、退任取締役については取締役会に、退任監査役については監査役の協議に一任願いたいことが記載されている。

(二) 原告田渕は、右通知を受けて、平成一一年六月二九日に被告本店六階大会議室において開催された本件総会に出席し、本件議案に関し、西口議長から内容の説明があった後、退任役員に退職慰労金を贈呈するのは納得できないとして、「基準ではなく金額を明確に公表せよ」と発言した。これに対し、仲西専務取締役から、「算出基準は基礎額と乗数と在位年数を乗じて計算しており、それぞれについては役員会で決定させていただきたい」と説明があり、原告田渕は、それでは自分の質問に対する返事になっていないと主張して、「いま金額を明確に公表できないなら、役員会で検討された後ででも公表していただきたい」と発言したが、仲西専務取締役は、「受給者のプライバシーの問題にも関わってまいりますので、金額の公表を差し控えさせていただきたい」あるいは「取締役会及び監査役の協議によりまして具体的金額を決定することになりますので、金額の公表については差し控えさせていただきたい」と説明し、さらに西口議長から、「差し控えるということは、今後、金額については公表しないということでご理解いただきたい」と説明を加えた。これに対し、原告田渕が「している銀行もあるじゃないですか。当行はしないということか」と質問したところ、西口議長から「当行はやっておりませんので、どうかご了解願いたい」と答えた。その後、西口議長は、「議事進行させていただいてよろしいでしょうか」と発言して、質疑の打ち切りを諮ったところ、賛成多数であったため、さらに本件議案の承認を諮った。そして、本件議案は、賛成多数により承認可決された。

2 前記認定事実によれば、事前に各株主に送付された本件総会の招集通知、本件総会における議長及び取締役の説明のいずれにおいても、退職慰労金の算出基準が存することはうかがえるものの、右基準の内容については明らかではない。すなわち、右通知は、一定の基準に従い相当額の範囲内で退職慰労金を贈呈するが、その具体的金額は取締役会又は監査役の協議に一任されたいとの内容であり、取締役の説明も、算出方法については基礎額と乗数と在位年数を乗じて計算するというだけで、結局は取締役会及び監査役の協議によって具体的金額を決定するとの説明に終始しているにすぎない。株主としては、このような説明を受けたとしても、本件議案とされた退職慰労金の具体的金額がどの程度になるのか全く想定できないばかりか、その額が一義的に算出されうるものかどうか判断し得ないといわざるを得ず、本件総会において、退職慰労金の贈呈に関して議決をするのに十分な説明がされたと認めることは困難である。

これに対し、被告は、原告田渕は、具体的金額の公表を要求するのみで、算出基準についての説明を拒んでいたから、取締役において積極的に算出基準について説明すべき義務はないと主張する。確かに原告田渕は金額の公表を求めているが、前認定によれば、原告田渕は、退職慰労金の贈呈に納得ができないとしてかかる発言をしているものであり、役員会で検討した後ででも公表してほしいと言明して、具体的金額を本件総会で公表することにこだわっているわけではないのであるから、その本旨とするところは、退任取締役らに贈呈された退職慰労金が適正な範囲内のものかどうか検証するために具体的金額を把握したいという点にあることは容易に推測がつくところである。そうとすれば、かかる質問を受けた取締役としては、少なくとも、被告において退職慰労金の具体的金額を一義的に算出できる基準が存することを説明すべきであったというべきであり、原告田渕の前記言辞と質問態度を捉え、株主から算出基準についての説明を求められない以上説明義務はないとする被告の主張は、採用の限りではない。

また、被告は、役員退職慰労金規程を定めてその書面を本店に備え置き、株主の閲覧に供していると主張するが、仮に右規程を本店に備え置いて株主の閲覧に供していたというのであれば、その事実を各株主に対する通知に記載するか、少なくとも、本件総会において原告田渕から質問がされたときに、被告本店に役員退職慰労金規程が備えられ、これを閲覧することで退任取締役らの退職慰労金を算出することができる旨説明すべきであったというべきである。したがって、仮に被告の主張どおり、原告らにおいて役員退職慰労金規程を閲覧できる状態であったとしても、本件総会における被告取締役の説明が前認定のとおり本来の説明とはなっていないことを正当化するものではない。

以上によれば、本件総会における被告取締役らの原告田渕に対する説明は退職慰労金の贈呈に関して議決するのには不十分であり、説明義務(商法二三七条の三第一項)に違反しているものといわねばならない。

三  右のとおり、本件決議は、その方法が法令に違反したものであるから、決議取消事由があり、さらに商法二六九条、二七九条の趣旨にかんがみると、本件決議の取消を商法二五一条によって棄却することは相当でない。

四  したがって、原告の請求は理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官永井ユタカ 裁判官川谷道郎 裁判官松山遙)

別紙議案〈省略〉

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